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これを作りたい!という斬新なアイディアを思いついても、実際に形にするのはなかなか難しいものです。それが自分にとって未知な領域であればなおさらでしょう。片やanchorstar.comの編集長・川辺洋平は、「白いTシャツを着た時に乳首が透けたくない!」という純粋な想いから、アパレル業界未経験にも関わらず「正装白T」という今までにないコンセプトの商品を開発しました。乳首が透ける、という個人的な悩みから生まれたこのTシャツは、販売開始30分で用意した200着が完売し、今では海外進出するほどに成長しています。今回は、本業の傍ら、2年の歳月をかけて商品開発にチャレンジした川辺編集長にお話を聞いていきます。
ーー川辺編集長、Tシャツで乳首が透けることがそんなに気になっていたんですか?
乳首が透けてしまうことが悩みで、分厚いTシャツや、生地が硬いものを沢山買ったり、様々なブログを読んだり、果てしない研究を続けていました。色は透けなくても、形は出てしまったり、生地は厚くて良い感じでも、襟が太くてカジュアルすぎたり、いくら調べても理想のTシャツは見つかりませんでした。
ーー理想のものが無いから自分で作ってみようと?
はい。作っちゃえと。乳首が透けない、と謳っていても、乳首のカタチがぷっくり出ちゃうものとか、一般人のブログでは透けないと書かれているのに、光の加減で透けちゃったり、そんなことの繰り返しでかなりお金を使っていることに気がついて。確かに一般人のブログで透けない白Tシャツだと書かれていても、メーカーさんやアパレルさんは悪くないですよね。ただ、1つくらい堂々と乳首が透けないことを売りにしているブランドがあってもいいんじゃないか、そう思い始めたんです。
ーーまず何から取り組みましたか?
オリジナルTシャツを作るときは、まず、たくさん生地の見本の中から、どの生地を使うかを選ぶところからスタートするんです。ただ、あいにく僕はオリジナルTシャツをオーダーしたことがなかったので、生地を見せていただいてもそれが分厚いのか、薄いのかといったことすらわかりませんでした。裁縫工場にあった全ての生地を見せてもらったのですが、着心地が良くて、厚みもあって、乳首のカタチがぷっくり浮き上がらないくらいの生地の硬さもあって、かつ、乳首の色が透けない、という生地がやっぱりなかったんです。これは、生地から作るしかないのかもしれないと思い至りました。そこで、生地をつくってくれそうな紡績工場に問い合わせて、ゼロから生地を作るにはどうしたら良いのか、話を聞きに行くことにしました。
ーー私の勝手なイメージかもしれませんが、初心者が専門工場とお話をするのはすごく難しいイメージがあります。どうやってコミュニケーションをとったのですか?
アパレル分野に関わらず、工場の人たちとのやりとりは専門用語が多いので、最低限の知識を事前に勉強しておく必要はあります。あとは、素人で全然わからないということを素直に伝えて、勉強している姿勢を見せることも、とても大切です。例えば、工場見学以外にも、オーガニックコットンの勉強会に足を運んだり、そのあと和棉農園に綿摘み体験に行ったり、自分の目で見て、触れて、少しずつ勉強していきました。
乳首が透けない、という商品のコンセプトについて説明をしたら、「透けない」というテーマが工場側にとっても今まで無かった相談らしく「面白いから見学どうぞ」と、すんなりと生地づくりの工程を勉強させてもらえることになりました。
ーー実際に勉強したりして、理想の生地にたどりつくまでにはどのくらい時間がかかりましたか?
結論から言うと、透けないTシャツを作るには、従来の糸の紡ぎ方から見直す必要があり、今の正装白Tを縫製している会社に出会うまでに1年かかりました。というのも、別の糸の紡ぎ方を採用している縫製会社と試作品を作っていた時期もあって。その上で「うちじゃできませんね。でも、もしかしたらこういう工場ならうまくいくかも」と断られつつ、アドバイスを頂いたりする1年間を経ているんです。
今思えば、透けない白Tシャツという言葉自体、無理がありますよね。どうして「絶対できる」と思ったのかわからないですが、「透けない以外のいろいろなことは諦めても良い」という決断ができたのは大きかったかなと思います。
そうやって取捨選択というか、透けないことだけに特化すると決めた結果、綿から紡いだ糸を強くねじり強くピンと張る特殊な編み方を開発することになり、納得のいく生地にたどり着いたんです。
ーーようやく理想の生地ができて、いざ売ることを考えた時、何からはじめましたか?
まず、生地づくりというのは1メートル程度の短いものをオーダーすることはできないんです。ロール単位で発注しないといけません。なので、売るということよりも、僕のように「乳首が透けない白Tシャツがほしい!」と思っている人にも一緒に作ってもらって、大量の生地を分け合えたらと思いました。
最初は「乳首が透けない白Tシャツを作ります!」ということを、個人的にSNSで発信し、服作りに関するワークショップに参加している様子などをリアルタイムでシェアしていきました。「乳首の透けない白いTシャツを作ろうとしていて、工場見学に来ています!」という感じです。SNSに投稿をすると、Tシャツに興味を持ってくれた友人が「かなり本気じゃん」とか「僕も欲しい」「女性版も作ってほしい」といったようなコメントやアドバイスをくれるようになりました。
ーーまずは周りの友人に呼びかけたということですね。
呼びかけたというよりは、たくさん発信していくうちに興味を持ってもらえたという感じです。しばらくして、頻繁にコメントをくれたり、手伝ってもいいとコメントをしてくれた友達を集めて、Facebookグループを作りました。商品名や、ロゴなどはそのグループに入ってくれたメンバーにおまかせしました。作りながらどんどん仲間が増えていったので、「ウェブサイトを作るなら、この会社でおすすめだよ」「ロゴはここにお願いできるよ」と周りの人がどんどん紹介してくれました。
ーー「正装白T」という名前やロゴも、みなさんで一緒に決めたのですか?
そうですね、このTシャツをほしいと思っている人、つまり顧客を中心に考えたかったので、この商品に興味がある人たちが期待するTシャツのイメージがそのままブランド名になった方がいいと思いました。僕が一人で決めるのではなく、Facebookグループの仲間と「この商品に期待すること」について意見を出し合い、たくさんのアイデアの中から、みんなが一番しっくりきた名前にしたという感じです。
ーー仲間と一緒に作った感がありますね。Tシャツの単価や、販売のゴールはどうやって決めましたか?
サンプルの制作費や布代、パッケージ代を含め、Tシャツを作るのにかかった総費用を算出して、それを回収しきることをまずはゴールに設定しました。Tシャツの単価は、作るのにかかった総費用を製造できるTシャツの枚数で割って算出します。
本来は、自分のためにTシャツを作りたかっただけなので、利益を出すことにはあまり執着せず、とりあえず作るのにかかった総費用を回収することだけを考えていました。
ーー製品名やロゴが確定したら、次は友達だけでなく、世間に知らせないといけませんよね。具体的にどのように知らせたのですか?
これもまた、Facebookグループ内で声をかけて、PRが上手な方を紹介してもらいました。結果的に、数字に裏付けられた社会課題をPR材料にしようということになり、「男性の透けている乳首を、周りの人たちはどのくらい気にしているのか」という具体的なデータを集めることにしました。
ーーここでいう「PRが上手な人」というのは、どういう人を指すんですか?
PRが上手な方は、読み手がどこまでPRの文章を読んでくれるかをわかっていて、それまでに読みたくなる言葉を持ってきたり、興味を持たせる写真を入れたりします。
質問とは少しずれますが、PRを書く人が、その製品に対して「本当にいいな」と共感してくれているかどうかも、とても重要なポイントだと思います。商品の良さに共感してくれていないと、それを世の中に伝えることは難しいですよね。なので、今回も「乳首の透けないTシャツ」というコンセプトに本当に共感してくれた方にPRを手伝っていただきました。
ーー実際に売り始めるにあたって、配送や在庫管理はどうしたんですか?
今は、素人がビジネスを始めるのに便利なサービスが色々あるんです。例えば正装白Tで使っているSTORES (ストアーズ)というECサイトサービスは、全在庫を倉庫に預けておけば、注文が入るたびに、自動的に倉庫から在庫を発送してくれます。とてもリーズナブルで、自宅で在庫を抱えて発送作業をするよりもかなり安価におさまります。
ーー制作にかかった期間はどのくらいでしたか?素人でも、日中仕事をしながらできるものでしょうか?
2年位かかりました。もちろんフルタイムでTシャツ制作を行っていたわけではなく、自身の仕事の合間に、趣味のような感じで取り組んでいました。最初は生地についても、アパレル業界についても、あまりよくわかっていなかったので、勉強するところから始めつつ、本業の傍ら、服を作ってみたいんです!と色々な場所を回って名刺交換をする、というのをコツコツやっていました。
ーー商品開発の中で、意外な発見や気付きはありましたか?
面白かったのは、商品開発段階で、私も欲しい!僕も欲しい!と言っていた人が、そんなに商品を買ってくれなかったことです。彼らは、タダでくれるなら欲しいけど、お金を払ってまでは買わないんです。でも、欲しい、手伝いたいって言ってくれる人がいるということは、きっと同じく欲しいと思ってくれる人が、世の中にはたくさんいるということです。最初から、欲しいと言ってくれた人たちだけに売ろうとするのではなく、それ以外の人達にも広く届けることを意識しないといけないなと思いました。
ーー確かに、欲しいと思うのと買うという行為は別ですよね。最終的にはどのくらい売れたのですか?
まず300着作ってみたら、ありがたいことに発売と同時に30分で完売してしまいました。いつ再販するのかと、問い合わせがたくさん来るようになったので、500着増産して、初年度は800枚売ることができました。
開発するのにかかった初期費用は200万くらいでしたが、それは無事に回収することができました。
ーー大幅に目標を超えたんですね!おめでとうございます。実際に2年かけて作ってみて、売ってみて、すでに必要なノウハウを持っている企業が新しい商品を作るのと比べて、素人である個人がゼロから商品開発する意味は、どんなところにあると感じましたか?
きっと企業が作れるのは、一定以上の売り上げを達成できるマーケットだけなんです。売り上げが200着分とかでは、到底少なすぎて、だめなんです。何万着も売れてくれないと、企業があえて投資する意味がないですよね。だから今回のTシャツのように、確実にニーズはあるけど、少ししかファンがいないものは、大企業が作るよりも個人が作る方が向いています。
あとは、「乳首が透けない」というセンシティブなコンセプトも、企業はあまりやりたがらないのではないかと思います。一般的に知られた企業のブランドが、「乳首」という言葉を使うのは、ブランディング上の問題もありますし、勇気もいるし、なかなか難しいことだとおもいます。このような、企業があまり手を出せない領域こそ、個人の方が挑戦しやすいのではないでしょうか。
ーーおわりに、乳首が透けないTシャツがなぜ目標販売数を達成できたのか、川辺編集長の考えをきかせてください。
自分でブランドを立ち上げて学んだのは、「乳首が透けない」っていう特徴がなかったら売れなかっただろうな、ということです。世の中にいくらコネがあったとしても、どんなにPRが上手な人に手伝ってもらったとしても、やっぱり、他にはないオリジナリティが絶対必要なんだと感じました。例えば「オーガニックコットンを使っている」だけだと、周りにもたくさん似た商品があって、いくらPRが上手でも、売ることは難しかったと思います。
コネがあったからとか、いい工場を見つけたからとか、元代理店勤務でノウハウがあったからとかではなく、「みんなが欲しがっている」というニーズを、友達の反応から得られたことが今回一番大きな収穫でした。欲しいと思ってる人がいるのに、まだそれが世の中にない、というギャップを見つけること自体に、とても長い時間がかかりました。
ーー楽しいお話をありがとうございました!こんなに「乳首」という言葉を連発したのは初めてでしたが、私も「欲しいと思っている人がいるのに、まだそれが世の中にない」アイディアを発見できたら、自分で商品開発にチャレンジしてみたいです。その際には、また色々教えて下さい!